実践での使い方:前進のタイミングとギャップ認識
CBの列上げパターンで最も重要なのは、「どのギャップを突くか」の判断力である。CBがボールを保持した瞬間、相手の第一プレスライン(通常はFW)と第二プレスライン(MF)の間のスペースをスキャンする。この時、3つの指標を確認する。(1)相手FWとMFの距離が10m以上空いているか、(2)相手MFが横スライドで対応しようとしているか(縦に詰めていないか)、(3)味方のアンカーまたはIHが「降りてカバーに入る準備」ができているか。この3つが揃った瞬間が、前進開始の最適タイミングとなる。
ジョン・ストーンズがマンチェスター・シティで見せる前進は、ドリブル開始から2-3秒以内に相手MFラインの直前まで到達する。この速度が重要で、ゆっくり運ぶと相手が整理する時間を与えてしまう。トレーニングでは、「CBがボールを受けてから5秒以内に中盤ラインを突破する」というタイムトライアル形式で、判断と運びの速度を同時に磨く。グアルディオラは「ギャップを見つけたら、3タッチ以内でそこに到達しろ」とストーンズに指示していた。
トレーニング方法と技術要件
このパターンを習得するには、3段階のプログレッションが有効である。第一段階は「無圧力でのキャリー技術」だ。CBが30-40mの距離をドリブルで運び、IHまたはFWへパスを供給する基本動作を反復する。この時、頭を上げてスキャンしながら運ぶ技術を磨く。ボールを見ずに運べることが、次の展開を早める鍵となる。
第二段階は「カバーリング連動の習得」である。CBが前進した瞬間、アンカーが最終ラインに降りてカバーに入る。この連動が遅れると、背後にスペースが空いてカウンターを許す。トレーニングでは、「CBが前進開始の合図(声または手)を出し、アンカーが即座に降りる」という同期動作を徹底する。バイエルンのキミヒやリバプールのファビーニョは、CBの体の向きだけでドライブを予測し、声を聞く前にカバーポジションへ移動していた。
第三段階は「対人状況下での判断力」である。相手MFが前に詰めてきた場合、(1)そのまま抜き去る、(2)横のCBやSBへ展開する、(3)アンカーへ預けて再度受け直す、の3択を瞬時に判断する。トレーニングでは、パッシブ→セミアクティブ→フルプレスと段階的に負荷を上げ、実戦に近い状況で判断力を鍛える。重要なのは、「抜けなかったら即座に横展開」という撤退基準を明確にすることだ。
使用タイミングと代替案の判断
このパターンが最も効果的なのは、相手が「中盤と前線の距離が空いている」場合である。特にハイプレスを採用するチームは、FWが高い位置を取り、MFも連動して上がるため、その間に巨大なギャップが生まれる。このギャップにCBが入り込むことで、相手の守備ラインを一気に押し下げ、攻撃の起点を高い位置に設定できる。逆に、相手が「コンパクトに中盤とDFの距離を縮めている」場合、CBが前進してもスペースがなく、囲まれて奪われる危険が高い。
この場合の代替案は、(1)CBは前進せず、アンカーまたはIHが降りてボールを受け、その選手が前進する「役割交代型」、(2)CBがサイドに流れてワイドドライブ(パターン9)に切り替える、(3)GKまで戻してロングボールで中盤をバイパスする(パターン3)、などがある。試合中に「ギャップの有無」を常に確認し、「空いている時だけ前進、詰まっている時は横展開」という判断基準を徹底する。
よくある失敗と修正方法
最も多い失敗は「前進しすぎて奪われる」ケースである。CBが勢いに乗ってファイナルサードまで侵入し、囲まれてロストするパターンだ。これを防ぐには、「中盤ラインまで到達したら、次のパスを入れる」という前進距離の上限を設定する。ストーンズの前進は、相手MFライン手前で止まり、IHやWGへパスを供給することがほとんどである。自分でゴールまで運ぶのではなく、「ギャップを突いて、次の選手にバトンを渡す」という役割分担を明確にする。
次に多いのは「カバーの不在」である。CBが前進したのに、アンカーやSBがカバーに入らず、背後が空いたままになる。これを修正するには、「前進したCBの逆サイドSBが中央にスライドする」または「アンカーが即座にCBラインに降りる」という2段階のカバーシステムを構築する。シティでは、ロドリがCBの前進を感知した瞬間、無言でCBラインに降り、3バック化することで安全弁を作っていた。
第三の失敗は「ギャップ判断の誤り」である。ギャップがないのに前進し、すぐに囲まれて横パスを繰り返す選手がいる。これを防ぐには、「前進開始前に3秒間スキャンする」という習慣を作る。ボールを受けた瞬間に前を見て、ギャップの有無を確認する。もしギャップがなければ、前進を諦めて横のCBまたはGKへ戻す。無理に前進せず、「待つ」勇気も重要である。
バリエーションと応用
基本形の「CB中央ドライブ→IHへパス」に加えて、いくつかのバリエーションがある。第一は「サイド流出型」である。CBが中央ではなく、外側のハーフスペースへドリブルで流れ、WGまたはSBとの2対1を作る。この動きにより、相手SBは「CBを見るか、WGを見るか」の選択を迫られ、どちらかが必ずフリーになる。グヴァルディオールがライプツィヒで見せた外流れドライブは、この応用パターンの典型である。
第二は「偽ドライブ型」である。CBが前進する構えを見せて、実際には横または後ろにパスを出す。相手MFがCBのドライブに反応して前に出た瞬間、空いた背後へアンカーまたはIHがスルーパスを通す。この「フェイクドライブ」は、相手に学習させた試合後半に効果を発揮する。前半に何度も前進を見せることで、相手が「またドライブが来る」と予測した瞬間に裏をかく。
第三は「連続ドライブ型」である。CBが前進し、IHへ渡した後、そのまま高い位置へ走り続ける。IHからのリターンパスを受け、さらに前進してボックス侵入まで狙う。この「ギブ・アンド・ゴー」の連続により、CBがシュートまで到達することもある。ストーンズの2022-23シーズン後半は、この連続ドライブで複数のゴールを記録し、「CBが10番化する」新しい戦術概念を示した。最後に、「3バック化定着型」がある。CBが前進した後、そのまま中盤に留まり、アンカーが完全にCBラインに入って3バック化を固定する。これにより、4-3-3から3-2-2-3への永続的な変形が完成し、試合全体の構造が変わる。